☆~ 美味しいものめぐり Paris ~☆ 

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カテゴリ:patrimoine etc...( 22 )


2015年 12月 17日

PICASSO MANIA ピカソマニア

グランパレで開催中の
ピカソマニア展へいきました。
ピカソの影響を受けた
さまざまな芸術家たち作品を通して
新たに発見するテーマらしい。
本人の作品もありました。
モダンアートは好みではありませんが
ピカソはやはり偉大な芸術家と
感じることができる
なかなか面白い企画です。


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ピカソは頭が大きい!?


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by lenoel | 2015-12-17 04:59 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 14日

Andy Warhol(アンディ・ウォーホル)

(ウィキペディアより)
銀髪のカツラをトレードマークとし
ロックバンドのプロデュースや映画制作なども手掛けたマルチ・アーティスト。
本名はアンドリュー・ウォーホラ (Andrew Warhola)



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派手な色彩で同じ図版を大量に生産できるシルクスクリーンの技法を用い
スターのイメージや商品、ドル記号など
アメリカ社会に流布する軽薄なシンボルを作品化した。
古典芸術やモダニズムなどとは異なり
その絵柄は豊かなアメリカ社会を体現する明快なポップアート
商業絵画としても人気を博した。
しかし、そこにはアメリカの資本主義や大衆文化のもつ大量消費
非人間性、陳腐さ、空虚さが表現されていると見ることもできる。
普遍性を求めた彼の作品は
彼自身や大衆が日々接している資本主義やマス・メディアとも関連しており
また事故や死のイメージも描かれた。




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彼は自身について聞かれた際
「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。
裏側には何もありません」と
徹底し「芸術家の内面」をなくし表面的であろうと努めた。
彼は有名なものへの愛情を隠さず、スターや政治家や事故
流行品をしばしば画題に取り上げ
それが有名で皆も自分も大好きだからだと理由を述べた。
また彼自身がアメリカの有名人物になってからも
ペースを乱すことなく有名人を演じ、作品を制作し続けることを理想とした。



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by lenoel | 2015-12-14 03:26 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(0)
2015年 11月 29日

18世紀王侯貴族の女流画家 Vigée Le Brun(ヴィジェ・ルブラン)

(ウィッキペディアより)
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン
Marie Élisabeth-Louise Vigée Le Brunは
18世紀フランスで最も有名な女流画家であった。
1775-1842


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画家ルイ・ヴィジェの娘としてパリで生まれ
親から最初の絵画教育を受けた。
1776年に、画家で画商である
ジャン=バティスト=ピエール・ルブランと結婚した。
(画像下二つは自画像)



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彼女は当時の貴族の多くを肖像画に描き
画家としての経歴を開花させた。
マリー・アントワネットの肖像画を描くため
ヴェルサイユ宮殿に招かれた。
王妃は大変喜び
向こう数年間ヴィジェ=ルブランは王妃や子供達、
族や家族の肖像画を数多く依頼された。
王妃とヴィジェ=ルブランは
画家と王妃を超えた友人関係を築いていたといわれる。
(マリーアントワネット像)



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王族が逮捕された後 
フランス革命の間ヴィジェ=ルブランはフランスから逃れ
数年間をイタリア、オーストリア、ロシアで暮らし、画家として働いた。
そこでは貴族の顧客との付き合った経験がまだ役立った。

革命政府の転覆後の1802年
ヴィジェ=ルブランはフランスへ戻った。




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by lenoel | 2015-11-29 22:50 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(0)
2015年 11月 12日

パリ装飾芸術美術館  Expo trésors de Sable et de Feu

ルーブル美術館があるルーブル宮の一部に
装飾芸術美術館があることは知っていましたが
今まで一度も入館したことがありませんでした。
ガイドの解説を聞きながら
美しいガラス工芸の歴史をたどりました。



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陶器でつくられた小さな人形の舞踏会
周りは貝殻で飾られている。



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ジャポニズムの影響を受けた菊の花瓶
19世紀


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エミール・ガレ


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遠くに監視員の姿が見えるくらいで
入場者数が非常に少なかった。




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600点の作品の後は解散で
私は常設展へ移りました。
中世時代のものはヨーロッパ中から
集められた宗教的なものや家具など
ルネッサンス時代はイタリアのものが中心に
展示されています。



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17世紀から19世紀は
フランス独自のスタイルが誕生した時代で
宮廷文化の調度品やナポレオン時代の装飾芸術など。
下の画像はナポレオンの椅子。



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マイセン、インドの華
1730年


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4番のみ、日本の有田焼 1700年


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柿右衛門


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アール・ヌーボから、アール・デコ
現代アートと続きます。

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by lenoel | 2015-11-12 00:27 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 28日

Fondation Louis Vuitton ルイ・ヴィトン財団美術館

台湾の友だちエイミーのリクエストで
パリで一番行きたくないミュゼ
ルイ・ヴィトン財団美術館へ行きました。
何故行きたくないかと言うと
アート仲間でふたりのフランス人友だちから
建物は素晴らしいけれど
内部は変てこりんなモダンアート、と聞いていたからです。
そのひとりが、すぐ近に住んでいるので
一緒に森を散歩しながら外観を見に行ったときに
長蛇の列ができていたので驚いた。
大勢の人が並んでいたら、入館しない予定でしたが
この日は、私には運悪く誰も並んでいませんでした。


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モダンアートに興味はないが
他のミュゼに比べて展示数が圧倒的に少なく
ディスコテックのように大きな音楽が流し
意味不明な映像を見せたり
果たして、14ユーロの価値があるのだろうか。


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フランク・ゲーリー(Frank Gehry)氏の設計なので
建築に興味あれば面白い。


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テラスで植物を目にして
ほっとしたのもつかの間。
芸術は好みがありますからねえ。


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エイミーは満足したみたいでよかった・・・

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by lenoel | 2015-10-28 18:50 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 25日

オルガニストの友だちから誘われて久しぶりにミサへ 

「あなたの街の教会でオルガンを弾くから来て」
アーティスト仲間の友だちから連絡がありました。
彼女はもうコンサートはやらずに
ミサとお葬式のみ演奏しています。

この豪華な装飾のパイプオルガンは
ナポレオンがフィレンツェから持ってきました。


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わが街は教会を中心に
ブーランジュリやカフェや小さなお店が軒を連ねている
いわば、シンボル的な存在でもありますが
日常生活の中でも信仰に生きている場所なのです。

何世紀も多くの人々が祈りを捧げている教会は
神聖なものが宿っている。
私は教会が好きなので
買い物で疲れたときに寄ったり
気持ちが穏やかでないときにも足を運びます。


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幅が狭くて急な螺旋階段を上っていくと・・・


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歴史あるオルガンの音色と美しい曲に
涙がでそうなくらい感動しました。
たまにミサに出るのもよいですね。メルシー♡

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by lenoel | 2015-02-25 18:54 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 23日

Viollet-le-Duc (ヴィオレ・ル・デュク)展

1ヶ月前ですが
友だちから誘われて19世紀のフランス建築家
ヴィオレ・ル・デュク展を解説つきで見学しました。
名まえくらいしか知りませんでしたが
展示会へ行ったおかげで
その人物に興味を持つことができた。


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レンズに近づいて見ると
紙の上に物体が映るので模ることができる。


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ヴィオレ・ル・デュクの生涯 (ウィキペディアより)

1814年パリの裕福な家庭に生まれた。
知識人を招いたサロンを開いていた母エリザベトや
その兄で美術評論家としてスタンダールや
プロスペル・メリメらと交流のあった伯父ドレクリューズの存在もあり
幼い時から知的交流のあふれる教養的な家庭環境で育つ。


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絵画に早くから才能を示したが
フランスの正統的な建築教育機関エコール・デ・ボザールを
「建築家を鋳型にはめ込むもの」と批判し、入学を拒否。
その後はフランス各地を巡り、中世建築のデッサンなどに励む。
また、デッサン学校で教授代理として教鞭を執る。


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1836年にはデッサン学校の教え子とイタリアを旅行した。
古典建築の傑作を賞賛するも
古典様式をフランスの風土や慣習を考慮せず無批判に再現しようとする
ボザールの姿勢に改めて疑問を持つようになる。
そして改めて、母国では無視されている中世ゴシック建築への敬愛を深めていく。


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その後、メリメの推薦により古建築の修復に関わるようになり
1840年からのラ・マドレーヌ教会堂の修復を手始めに
パリのサント・シャペル、ノートルダム、アミアン、ルーアンの大聖堂など
多くのロマネスクやゴシックの教会堂、城館の修復、復興に携わった。

修復の傍ら、その経験を元に『中世建築辞典』(1854-1868年)を著している。
1863年にはボザールの教授になるも学生や教授らとの意見の対立により辞任。
その後発表した『建築講話』(1862-1872年)において自らの建築理論を展開した。
1879年スイスのローザンヌにあった自邸「ラ・ヴェデット」にて死去。


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by lenoel | 2015-02-23 04:33 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 30日

セルビア大使館で・・・

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知り合いのカメラマンが来ることを予測して
出席することをためらっていましたが
やはり、会場で会ってしまったのだ。
ボンジュールのビスをしてから
さっと離れたはずなのに
遠くから撮られていた写真が
メールと一緒に送られてきました。


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エッフェル塔からほど近い素晴らしい立地にある。


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ミス・セルビアとの写真撮影に気をとられて
挨拶もまともにできない
ムッシュー・アンバサドゥール。
これでは、セルビア国の品位を落とします。


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遠くからみると美しい
男性的な顔立ちのミス・セルビア。


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アンティークの3人掛けの椅子の脚が折れて
座っていた人たちがひっくり返る騒動がありました。
私はひとり掛けでゆったりと。


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by lenoel | 2014-04-30 00:25 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(2)
2013年 12月 06日

映画撮影で使われたシャン=シュル=マルヌ城 

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7年間の修復工事を今年終えたばかりの
パリから20キロ離れた東郊外にある
かつてポンパドゥール夫人が暮らした
シャン=シュル=マルヌ城。

このシャトーは、ポンパドゥール夫人や
ソフィア・コッポラ監督マリーアントワネットの
映画撮影で使われたそうです。
大雪の日にドゴール大統領夫妻が
滞在したときの写真もありました。

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中央のグラン・サロンへ入り
右側から見学コースとなります。

日本で言う、1階と3階は男性
2階は女性が使用していました。


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喫煙室は、男性のコミュニケーションの場で
奥のビリヤード室とつながっている。


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中国風サロン。
シャトー内で、中国の陶器や家具、装飾を
ところどころで見ることができます。


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グランサロンのすぐ左は食堂。


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廊下に大きな棚が設置されてありました。


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廊下の脇にある小さな空間は
子供が食事をする部屋です。

フランスでは、一般的にレストランには
子供を連れていきませんし
友人宅などの食事会でも
大人と同じテーブルで食事をさせません。


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上階の中央は音楽のサロンとなり
楽器が置かれてます。


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音楽のサロン左は青の寝室。

裕福なユダヤ人がこのシャトーを買い取り
こちらの部分をアパルトマンにして
夫婦で使っていました。


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青の寝室の奥にある
当時の洗面所をズームで撮ってみました。


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重厚な装飾の特別寝室。


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パリから多少離れていますが
見応えのあるシャトーでした。
よい季節に訪れたら
ル・ノートルの甥で
造園技師のクロード・デコが手がけた
フランス庭園も楽しめることでしょう。

コッポラのマリーアントワネットは
ほとんど内容がないが
衣装や小物、お菓子が豪華で綺麗だったので
またサラリと観たい。

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by lenoel | 2013-12-06 22:16 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 28日

ルーブル美術館 イスラム芸術の新展示室

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ルーブル美術館はとにかく広い。
いつも、どこを見るか決めずに
足の向くまま気ままに歩きます。

かなりの年月をかけて少しずつ回っていますが
何度も来ているはずなのに簡単に迷子になってしまう。


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さて、2~3ヶ月前のことです。
いつものごとく赴くままに歩いていたら
気になる通路をみつけたので
そちらに進んでみると
新しい世界が目の前に広がってきました。


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2012年9月にオープンした
新展示室と知ったのは後になってからのことです。

10年ほど前から耳にしていた拡張計画のことも
思い出しては気にしたりもするが
周りに質問しても答えが返ってこないので
またいつの間にか忘れていました。


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自然の光がもたらす天井は
やわらかい曲線状になっており
砂漠のテントを思い浮かべましたが
とんぼの羽に見立てたのだそうです。


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下の階をのぞき込むと
モザイク画が床に敷き詰められていたり
壁にも展示されていました。


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私の頭の中は
ギリシャ神話のモザイク画が残されていた
キプロス島へ一気に飛んでいった。

突き刺す日差しに
乾いた空気と真っ青に澄んだ空。

美の女神、アフロディが誕生した地は
まるで美術館のように世界遺産だらけ。
きちんと保護できていなかったため
触れることができたり
一部ですが上を歩くことも許されていたのです。


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遠い遠いむかしに
ヨーロッパとアフリカ、アラブの文化が
交差した歴史のロマンを
ルーブル美術館でゆっくり浸ることができました。


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by lenoel | 2013-11-28 07:08 | patrimoine etc... | Trackback | Comments(4)