☆~ 美味しいものめぐり Paris ~☆ 

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2014年 09月 10日

「ブダペストからフランクフルト経由で」 の巻

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フランクフルトの空港で
日本風ラーメン店をみかけましたが
ドイツではチェーン展開でもしているのだろうか。
ちなみに、料理人は香港人男性でした。

アジアな味が懐かしくなっていたところで
迷いながらウロウロしていたけれど
パリでもラーメンは食べないので止めておきました。


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ブダペストでも多くの中国人観光客をみましたが
フランクフルト行きの飛行機に
どっさり乗っかってくるとは思いませんでした。


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でも彼らを近くで観察すると
4コマ漫画にでもなりそうなくらい面白い。

例えば、たかが1~2時間のフライトなのに
中国人グループの中にほかの外国人が間の席に入ると
すかさず交換してくれ、と騒ぎはじめる。
その外国人がどこへいったらいいか
と、問いながらキョロキョロ後方をみると
中国人オヤジが満円の笑顔で
ここだよ!みたいに手を振って合図していたのだ。


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食事のサービスがはじまると
お、ビールがあるぞ!と口々に言い
中国人オヤジたちはビールを頼む。

それからゴミ回収のときに
ひとりの中国人オヤジが
赤い缶で中国語の漢字が大きく書かれた
ビールの空き缶をほら!と
自慢げに乗務員にみせてから捨てていました。
液体は機内持ち込みができないはずなので
わざわざ空き缶を持ち込んだのだろうか。
不思議だぞ。


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乱気流でかなり揺れました。
しばらくしてから、2度目の激しい揺れがきたときも
あれほどうるさかった中国人たちは
しーんと静まり返っていました。

フランクフルトに到着するころに
中国人オヤジが体や顔まで動かして
揺れたときの恐怖を話していたので
思わずクスっと笑ってしまったのだ・・・。


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by lenoel | 2014-09-10 00:20 | à Budapest | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 09日

美しさに酔いしれたブダペストの夜景


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大統領官邸の前にいる衛兵が
蝋人形のようにピクリとも動かないので
ずうっとずっとみていました。
ほかの国での衛兵は
観光客が近寄りすぎて線の中に入ったら
すかさず注意をするのに
まったく動かず立ったまま。
サングラスをかけているから
よけい不思議にみえてしまうのだ。

少しでも動いたところがみたくて
長いことじーっとみていましたが
動きませんでした。



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こちらの入り口の衛兵もぜんぜん動かないまま。



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ライトアップされた
マーチャーシュ聖堂は美しかった・・・


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ドナウ川を挟んで王宮がある西のブダと
東は商業の街のペストは
もともとは二つの街でした。
1849年にセーチェーニくさり橋がかかり
1872年にブダペストとなりました。
その美しい街は、世界遺産に登録されています。


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ブダペストの
ロマンティックな最後の夜・・・


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by lenoel | 2014-09-09 04:35 | à Budapest | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 07日

モダンと社会主義時代の名残 @ブダペスト


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聖イシュトバーン大聖堂。


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大聖堂広場からドナウ川方面へ歩くと
高級ブランド店やレストラン
お洒落なカフェが並ぶ目抜き通りと交わります。


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ブダにブッダバーホテル。


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王宮の丘はパステルカラーの建物が多く
どこかテーマパークのようにみえました。
ポストの前を通りかかり
中をのぞいてみると・・・


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そういえば、絵葉書を送ろうとホテルに頼んだら
そのようなサービスはやっていないので
郵便局で切手を買って直接だすように、と
美人なスタッフから言われましたが
場所がわからないので何度聞いても
親切さに欠けた対応でした。

ハンサムな男性スタッフが
わかり易く説明してくれましたが
もうひとりの若い女性スタッフも不親切。
ハンガリー女も社会主義時代の名残のひとつだ。

ホテルから近い東駅の建物の外側にある郵便局は
薄暗くて雑然としており
番号札を引いて立って待つ。
フランスでの郵便局事情もひどく
長い列をつくって待ちますが
こちらも予想どおり長い時間待たされました。
(画像:東駅)



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石造りの中央市場。



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近隣諸国では市場やカフェなどが
社会主義時代に消えてなくなってしまったそうですが
ブダペストでは乗り越えて
市場やカフェも現在でも使われています。

フォアグラやパプリカなどハンガリー名産物が
この中央市場から運ばれていき西側に広められました。
パリと意外なところでつながっていたのです。


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ロンドン地下鉄に次ぎ
2番目の歴史を持つレトロなブダペスト地下鉄。
1番線は世界遺産に登録されています。


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運転手さん、バイバーイ!!


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古くてもピカピカに掃除されてあり
とてもきれいでした。
パリももっと努力してもらいたいです・・・


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by lenoel | 2014-09-07 00:00 | à Budapest | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 06日

「がっつりハンガリー料理」 の巻

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パリに早々と帰りたくなったのは
ブダペストの人が親切ではないことと
やはり食事の問題が大きかった。

ハンガリー風ピザ、トルコのケバブや
どの国にもあるファーストフードが多い。
初日は疲れていたので
ホテル界隈のケバブ店へ行き
大皿の盛り合わせを注文したら
冷たいサラダの上に温かいご飯と肉やファラフェル
それから漬物やオリーブの実、ポテトフライ
最後にソースをぐちゃ~っとかけて
すました顔で渡したのです。
これでは食べる気になりません。

バックンパッカーたちに荷物を隅に置いてから
注文するのが店に対するマナーだ
と、お説教していたドイツ人のおじさんを呼び
これは客にだすものではないです。
動物のエサと同じですよ。
あなたはお金を払って食べたいですか?
と、ムッとして言い寄りました。

ちょっと待ってください
と、トルコ人のおやじを呼びにいき
ほかのものと取り替えてもらい
お詫びのしるしにお茶をご馳走してくれました。

このように書くと
ブダペストなんだから、とか
安いからいいじゃない、など
また私に言う人がでてくるかもしれませんが
食べ物を粗末に扱うことや
そのようなことをする人は好きではないです。

この日からホテルおすすめの
ハンガリー料理店でしか食べませんでしたが
どこでも塩味がきつくて大味なので
日に日に胃の調子が悪くなっていきました。


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トマトソースとパプリカで煮込んだ料理や
焼いた肉や魚の付け合せにはポテトを
一皿にどっさり盛りつけられてきます。


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前菜でスープを頼んだら
デセールのスープがでてきました。
きちんと説明してほしい。


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パリのヴェトナム人の友だちが
ちょうど今ブダペストに行っているので
このようなものを食べていることを想像すると
笑えてしまうのだ。


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by lenoel | 2014-09-06 03:25 | à Budapest | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 05日

ハンガリー伝統の手工芸のお店 Folkart

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ブダペストに1週間は長かった。
2日目には、すでにパリに帰りたくなってしまったのは
ブダペストの人々があまり親切ではないから。
仏頂面の人が多く
話しかけてみると意外と親切だったりしますが
それは男性のほうで
女性は高慢で冷たい印象を受けました。

陶磁器のヘレンドのお店へ行ったときも
女性店員たちの態度が気に入らなかったので
すぐ出てきました。
特に、欲しいものがなかったからいいです。



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でも、ハンガリー伝統のお店に入ったら
親切な店員さんがいらっしゃいました。
名まえはキッティちゃんで
ハンガリーの大学で日本語を学び
群馬県前橋市に1年間留学していたので
日本語がとても上手です。
お隣は、お店のマダム。



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友だちへのお土産を包んでいるところ。


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さんざん悩んだ末に
6人掛けにしたときの楕円形テーブルクロスにしました。
ケシの花柄は、ハンガリーを代表する模様で
100%コットンのハンドメイド。
それなのに、我が家のテーブルには少し短めだった。



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マダムから花瓶敷と
フランスのパパ&ママンへ送った
可愛いポストカードをいただきました。


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店内で日本人観光客を見かけたので
ガイドブックに載っているかもしれません。

Folkart Craftsman's House
1052 Budapest Regiposta u.12

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by lenoel | 2014-09-05 01:57 | à Budapest | Trackback | Comments(0)
2014年 08月 29日

複雑な歴史をたどってきたマーチャーシュ教会

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ハンガリー史の目撃者、マーチャーシュ教会は
輝かしく生まれ変わり
ブダ地区のシンボル的な存在となっています。


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オスマントルコの影響を受けた時代
そして、ハプスブルク家とゆかりがあり
マリア・テレジアはハンガリー女王として
フランツ・ヨーゼフ皇帝とエルザベートも
ハンガリー王、王妃となるための戴冠式が行われた
歴史上でも重要な教会なのに
どの教会でも感じる独特な
なぜか感じることがありませんでした。

多くの観光客が訪れる教会でも
ミサが行われる神聖な祈りの場なので感じますが
教会の機能を失った
観光の収入源となる施設になったからだろうか・・・


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ウィキペディアより・・・
13世紀半ば、ベーラ4世によってゴシック様式の教会として建てられた。
ブダ城内に建てられた際に「聖母マリア聖堂」と名付けられたが
後の1479年に南の塔の建造を含む増築を命じたマーチャーシュ1世の名で
今日まで広く呼ばれるようになった。

700年という教会の歴史の中で、聖堂はブダの豊かさ
(あるいは、ハンガリー人にとって拠り所)の
そしてしばしば悲劇の歴史の象徴を担ってきた。

ハプスブルク家最後の皇帝カール1世を含め
ほぼ歴代のハンガリー国王の戴冠式がここで行なわれただけでなく
マーチャーシュ1世の2度の結婚式もこの聖堂で行われた。


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1541年から145年に及んだオスマン帝国による支配は
聖堂にとって暗黒期であった。
オスマン帝国は1526年、モハーチの戦いでハンガリー王国を破り
その大半を占領する。オスマン帝国からの略奪を恐れ
大多数の聖堂の宝物がブラチスラヴァ(スロバキアの首都。
当時はハンガリー王国の支配下にあり
1536年から1784年までハンガリー王国の首都であった)に移された。

そして1541年にオスマン帝国はブタを占領し
以降聖堂はブダの主要なモスクとなった。
聖堂はモスクにされただけでなく、更に追い打ちをかけるように、
内部の壁に描かれていた豪華なフレスコ画は白く塗りつぶされ
残っていた備品は持ち去られてしまった。


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ヤン3世率いるポーランド・リトアニア共和国と
ハプスブルク帝国の反トルコ神聖同盟によるブダの包囲が続く。
聖堂の壁が同盟側の大砲によって破壊された際に
古い奉納されたマリア像が壁の奥に隠されていたことがわかった。

その時中で祈祷中だったオスマン帝国のイスラム教徒の前に
このマリア像が現れたので
彼らブダ駐屯軍の士気は崩れ
この日ブダは陥落しオスマン帝国の支配が終わった、という。
このことから、マーチャーシュ聖堂は
「聖母マリアの奇跡があった場所」とも呼ばれている。


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1686年のオスマン帝国の駆逐のあと
モスクと化した聖堂をバロック様式に復旧しようと試みるものの
大部分が不十分であったことが、歴史的な調査で解っている。

19世紀末になってようやく
本来の壮麗な姿を取り戻そうという動きが起こった。
建築家のシュレク・フリジェシュに修復作業は任された。


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聖堂は本来の13世紀の設計図通りに修復されただけでなく
建てられた当初のゴシック様式の大半を取り戻した。
また、シュレクはハンガリーの代表的な窯元の一つである
ジョルナイ製のダイヤモンド模様の瓦屋根や、ガーゴイルの樋嘴を乗せた尖塔など
新たに彼独自の要素を加え、修復作業が終わった時には大論争を呼んだ。
しかしながら、今日では
ブダペストで一番の目玉であり個性的な観光名所の一つとして数えられている。

第二次世界大戦においてかなりの損傷をうけたが、1960年代に修復された。


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ハンガリーの人々から愛された
美しい王妃エリザベート(シシィ)の像。


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by lenoel | 2014-08-29 18:09 | à Budapest | Trackback | Comments(0)
2014年 08月 29日

「ブダペストといえば温泉浴場って言ってもいいの~@@」 の巻

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ホテル選びのときに
主要駅にあるモダンで便利な4つ星ロイヤルパークと
少し外れた場所にあるスパホテル、ゲッレールトとを
さんざん迷いましたが得点の高さと部屋の画像で
ロイヤルパークに決めました。

今回は、温水浴場はまったく考えていませんでしたが
出張で行ったことがあるマガリとその旦那も
2~3時間で十分だから行ってみたら、というので
だんだんその気になってしまったのです。

ロイヤルパークのハンサムなフロントマンに聞くと
英雄広場にあるセーチェーニ温泉と
候補ホテルだったゲッレールト温泉のふたつでしたが
屋外でも楽しむことができるゲッレールトのほうがよいとのこと。


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ガイドによると・・・

見とれるほど美しい建物、ゲッレールト温泉
最も美しい温泉はどれか、と考えますと
やっぱりゲッレールト温泉でしょう。
1912年から1918年の間、アールヌーボー様式で建てられ
薬効のある温泉資源を持つこの施設は
ブダペストの最高の特徴の2つを兼ね備えています。

入り口を入り、更衣室から温泉プールへと歩いていくと
アールデコ調の美しい彫刻
床や壁の細かなモザイクやステンドグラスの窓に囲まれます。
温泉につかるつもりが無くても
細部にまで施された細かいデコレーションは必見です。

ブダペストの写真集やガイドブックには
必ずと言ってよいほど記載されているこの温泉
もしかしたら見覚えがあるかもしれません。
ゲッレールト温泉には、屋外のスイミングプールなど
合計13のプールがあります。
以前女風呂、男風呂と別れていた部分もありましたが
2013年1月1日から施設全体が混浴になりました。


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こちらが温泉スパ入口。


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画像でみる限りでは美しいでしょうが
大衆的な浴場なため
あまり清潔でない上に
芋洗い状態&ジャベル臭(ハイター)で
気が滅入ってきてしまい10分が限界でした。


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もっと素敵な温泉浴場があるのかもしれませんが
ガイドを鵜呑みにしたことが間違いだったのです。
恐るべしブダペストの温泉浴場。


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by lenoel | 2014-08-29 03:22 | à Budapest | Trackback | Comments(0)
2014年 08月 25日

ドナウの真珠、ブダペスト

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真っ黒な煤だらけで
歴史の重みを感じた18年前とは変わり
モダンな建物が出現して
観光名所はテーマパークのように見えました。

こちらはドナウ川にかかる
美しいセーチェニーくさり橋


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国会議事堂


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マリア・テレジアや
エリザベート(シシイ)の夫フランツ・ヨーゼフの
戴冠式行われたマーチャーシュ教会
オスマントルコに侵略された時代は
モスクとして使われていました。

当時は、感動しましたが
こう綺麗になってしまうと
なんだかがっかりしてしまいます。


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街が一望できる漁夫の砦の前も
工事中でした。


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ジプシーたちが寄り集まっていた
怖い思い出がある英雄広場
とても狭く感じたのと
広場の周りに車道があっただろうか。


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と、怪しいオトコが登場!!


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カメラを向けると
喜んでポーズをとってくれます。


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スタスタ・・・・


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移動式バーに乗り込み
ビールを飲んでいましたとさ。


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by lenoel | 2014-08-25 04:41 | à Budapest | Trackback | Comments(0)
2014年 08月 22日

「行きはよいよい、帰りはこわい」 の巻

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1週間のバカンスにでており
パリに戻っていましたが・・・

突然パソコンが故障したので
古いほうのパソコンを使っていましたが
今度はプロバイダーのFreeがつながらなくなり
パソコン&電話が使えなくなってしまいました。
パソコンは電波がうまく入れば
こうしてWifiが使えますが不便で仕方がありません。
これで何度目だろうか。


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さて、行先は
毎年の恒例だったジュネーヴ祭りも考えましたが


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スイス人の親友が
花火がよく見えるアパルトマンから引っ越してしまったので
今の時期に行かなくてもよいし
秋にパリに遊びにくる予定なのでスイスは止めました。


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18年ぶりに訪れた街は当時の面影がなく
すっかり綺麗に生まれ変わっていました。

主要駅のすぐ近くのモダンな4つ星ホテルで
朝食も充実していましたが
掃除をしない日があったり
最終日にモーニングコールをお願いしたのに
忘れられてしまったり


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それよりも何よりも空港に到着したときに
恐ろしいことが待っていたのです。
(ヒント、行きはスイスエアーなのに
なぜ帰りはルフトハンザか・・・@@)


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ブダペスト、もう行くことはないでしょう。。。

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by lenoel | 2014-08-22 10:05 | à Budapest | Trackback | Comments(0)